» 活躍中のシニアインタビュー vol.24

アクティブシニアが活躍する地域社会づくり」
~自分らしい働き方を探してみませんか?~

背景色
標準
文字サイズ
標準
拡大

窓口紹介

よくある質問

お問い合わせ

トップページ > 活躍中のシニアインタビュー > 活躍中のシニアインタビュー vol.24

活躍中のシニアインタビュー vol.24

一生懸命に今日を生きる

知覧特攻平和会館 語り部
川床 剛士(カワトコ タケシ)さん

知覧特攻平和会館-語り部川床剛士さん

年齢 79歳
業務内容 語り部
雇用形態 嘱託
勤務時間 午前8時半~午後5時15分
勤務日数 月~金曜日・土日祝日はシフト制

※ご年齢は2020年6月時点のものです。

知覧特攻平和会館

南九州市知覧町にある知覧特攻平和会館には、第二次世界大戦末期の沖縄戦において若くして散った「陸軍特別攻撃隊員」の遺品や資料など約15,000点が保管され、そのなか約6,000点を展示している。
会館内には語り部が常駐しており、特攻の歴史的背景と特攻隊員の遺書について約30分間解説をしている。
戦前生まれ唯一の語り部として活動している川床剛士さんは、生きようとしても生きることが叶わなかった特攻隊員の真実を末永く後世に語り継いでいかなければならない、と語る。
今年、2020年の夏は終戦から75年が経つ。川床さんの話から、先人たちが強く願った平和な現代で生きる私たちの使命が少し垣間見えるはずだ。

使命感を持って働く

 

「1036」

 

第二次世界大戦末期、日本の未来の繁栄を願い、愛する人たちを守るために陸軍特別攻撃隊(特攻隊)員として沖縄の海に散った若者の人数だ。任務を遂行するには必ず死ななければならない「必死」と呼べる作戦に彼らは何を想い空へと飛び立ったのか――。

知覧特攻平和会館-隼

特攻隊員は一式戦闘機「隼」等の特攻機に乗って出撃した

鹿児島県南九州市知覧町にある知覧特攻平和会館には、特攻戦死した1036名の遺影や遺書、遺品、資料などを展示している。
会館には特攻の歴史的背景、隊員たちの遺書を解説する5人の語り部が勤務している。
語り部のうち唯一戦前に生まれた川床剛士さん。語り部の活動は今年で20年目を迎える。
この日は次のように解説が始まった。

「今日は6月2日です。1945年の今日、都城基地から1人の若者が特攻のために出撃しました。翌日、この知覧から27名の若者たちが飛び立ちます。75年前の今日、この知覧基地はその準備に追われていたのではないでしょうか……」

知覧特攻平和会館-語り部川床剛士さん

平和な世の中を謳歌する私たちに、戦争という悲惨な歴史があったことを川床さんは再認識させてくれる――。

 

知覧町で生まれ育った川床さんは、地元高校から防衛大学校へ進学。卒業後は陸上自衛隊に任官し、指揮官や教官職を歴任した。平成7年・55歳で定年退職。知覧町に帰郷し、地元企業に就職した。退職後、平成12年10月から知覧特攻平和会館の語り部として従事している。
当時の知覧町役場から語り部の打診があったときに、自身の父親を戦争によって亡くしたこと、防衛大学時代に戦略や戦争の歴史を学び、さらに自衛隊時代に人を育てることを学んできたことから、なにか地元に貢献できるのではないか、との想いで語り部の役を引き受けた。

月曜日から金曜日まで勤務し、シフト制で土日祝日も出勤する。
川床さんは先述した解説だけではなく、これまで特攻隊員の遺族への聞き取り・資料集めなどにも従事してきた。そこには戦争を体験した1人として、「平和の尊さ、命の尊さを伝えなければいけない」という“使命”があるから、という。1945年の終戦当時、川床さんは5歳になったばかり。当時を次のように振り返る。
「毎日を防空壕で過ごしました。幼いながらに“戦争とは残酷で恐ろしい、惨めだ”と認識していました。戦争が終わったすぐのころは、『アメリカ軍が上陸してくる』という噂に怯え、2週間ほど集落全員で山奥に避難したこともありましたね。貧しくて育ちざかりだった当時は常におなかが減っていて辛かったのを覚えています」

知覧特攻平和会館-語り部川床剛士さん

お米を食べられるのは盆と正月だけ、カライモがまわればよかったほう、という川床さん。だからこそ「今の生活のありがたみがわかる」と話す。

「頭」と「心」と「体」の健康バランス

60歳になっても働く場所を得たことで充実した生活が送れていると感謝する川床さん。
長く仕事を続けるために3つの健康法を心がけている。

まずは「頭の健康」。会館には毎年500校近くの学校が修学旅行に訪れる。それぞれの世代に合わせた解説を心がけ、どんな子たちが相手でも手を抜くことはないそうだ。
また、会館には国外からの観光客も足を運ぶ。そのため英会話の勉強も欠かさない。“スマホアプリ”を活用しNHKのラジオ英会話を3コース受講して語学力を鍛え、要望があれば英語でも解説する。外国からの取材にも応じ、簡単なコミュニケーションを通じて外国人にも特攻の心を伝える。

次に「心の健康」。毎朝仏前で「方丈記」や「平家物語」といった歴史書頭書の音読、浄土真宗「白骨の章」の読経、さらに特攻隊員の遺書を音読し、“今日一日をより一生懸命生きられるように……”と、心を整える。

最後に「体の健康」。朝食前のラジオ体操、朝夕のウォーキングに、休みの日にはグランドゴルフで仲間と一緒に年相応に体を動かし汗を流す。

特攻隊員の分まで生きる

知覧特攻平和会館

特攻隊員も見ていたかもしれない知覧の風景

語り部になって今年で20年目。特攻隊員1036名とその家族、関わった人たちのことを知るために相当の時間を費やしてきた。今後はその成果をさらに広く深く極めていくつもりだ。
「特攻隊員は生きようとしても生きることが叶いませんでした。私は彼らの分までしっかりと生きて、語り部として後世につないでいかなければならない。そのための精進を重ねています」
平和会館に足を運べない方々のために、出張講演にも精力的だ。先般2月には、兵庫県遺族会と大阪府島本町PTA連合会の方々に「命の尊さと親子の絆」と題し特攻の心を伝えることができた。

社会福祉法人の理事を務め、中学の同窓会の世話役、六十の手習いではじめたフルートで老人ホームでの慰問演奏。語り部以外にも川床さんの活動は続く。

「これまで多くの方々にお世話になった。今も続いている。あと何年の人生かわからないが、いずれお迎えも来る。そのとき安らかに眠れるよう、語り部として一日一日を一生懸命生きたい」と川床さんは締めくくった。

 

「一生懸命生きる」

 

私たちは、未来の日本を想い散った先人が願った平和な世の中に感謝して毎日を過ごさなければならない。

 

梅雨が明けると間もなく夏がやってくる。2020年の夏。戦争が終わったあの日から75回目の夏がやってくる――。

知覧特攻平和会館

会館には特攻隊員だけでなく、戦争で犠牲となった方の遺族から提供された資料なども展示している

知覧特攻平和会館

知覧特攻平和会館

〒897-0302 鹿児島県南九州市知覧町郡17881

TEL:0993-83-2525

知覧特攻平和会館

知覧特攻平和会館 知覧特攻平和会館 知覧特攻平和会館

※時間指定の講話は事前予約が必要です。
平日・土日祝日とも定時の講演・DVD放映をやっています。
土日祝日については、語り部がシフト制勤務の都合上、修学旅行等以外の予約対応が出来ないこともあり、ご注意ください。
詳しくは会館までお問い合わせください。

トップへ戻る